大変 遅くなりましたが、3月30日のご報告です。
此度もムダに忙しい事を言い訳に 大変遅くなりました事、誠に申し訳ございません。
全く反省の色がないように映るかもしれませんが、海より深く反省している次第でございます。
更には此度もダイジェスト版となります事を、併せてご容赦下さいますよう宜しくお願い申し上げます。
それでは 改めまして、3月30日のご報告です。
此度 ボクたちが作業させて頂いたのは、こちらの元気仙沼向洋高校校舎でございます。

校舎周辺は このように、ずいぶんと整地が進んでいるのですが・・・

敷地内は未だ、このような佇まい・・・

時間は、止まったままでございました。

校舎内に一歩、足を踏み入れますと・・・

中は、震災直後のまま・・・

改めて 津波の凄まじい破壊力を、思いしらされた次第でございます。

校舎内には車両も数台、津波に運ばれて来たまま残っておりまして・・・

中には この近所に住んでおられた、タクヤの御親戚の方の車両も在るそうでございました。

こちらの校舎がなぜ、未だこのような手付かずの状態で残されているのかと申しますと
モニュメントとして このままの形で後世に残すか、現在 検討中とのことでございました。
幸いにも こちらの校舎内で亡くなられた方が居なかったのも、理由のひとつだそうです。
ということで此度の作業は、すべてを撤去するわけではなくガラス片や釘等といった
危険物の除去と、漂流物の中からパレット等を仕分け解体するといった内容でした。

まずは、散乱している漂流物の中から・・・

パレットを集めてきて、解体することにいたしました。

解体後は、分別の為に釘を抜いてまいります。

その頃 別班はと申しますと、アチラコチラと校舎内に散開して作業をしておりましたので
三年という節目でもございますし、当時のままの校舎内を此度は皆様に
作業の様子と併せて、ご覧頂きたいと思っております。
それでは、1F部分からご覧ください。

1F部分は、まともに津波の影響を受けておりますので・・・

柱以外の内壁などは、ほとんど残っておりませんでした。

2F部分に関しましても、かろうじて内壁が多少なりとも残ってはいるものの・・・

さほど1Fと変わらぬほど、すべてが破壊されておりました。

更にはこのように、軽々と車両を2Fへと運び上げる津波の凄まじさを再確認する事に・・・

チナミにこちらで黙々と作業してくれているのは、今回が初参加となる希美サンです。

旧校舎の2Fより上階の部分や・・・

旧校舎の後方に位置していた為、津波の影響が幾分少なかったこちらの新校舎は・・・

このように、内壁が崩壊せず・・・

校舎外への流出の妨げとなったからなのでしょうか・・・

机や教材・・・

書物といったものが多数、残留しておりました。

更には画像右奥に見えますような、大きな流木も運び込まれておりました。

上階に於きましては、階段部分もこのように手すりが残っておりまして・・・

* 此度 初参加の長谷川サンです。
踊場には多くのものが、堆積しておりました。

* 同じく初参加の、ボジーくんです。
此度はどこまで現状のままを保存するのかが、未だ決まっていなかった為・・・

* こちらも同じく初参加の、坂上サンです。
むやみに撤去する事も出来ず、その状態のままガラス片等を見つけて除去する作業は・・・

ガサツなヤロメラには思いの外、大変だったようでございました。

イッキにガサッと片付けたい衝動を抑えて、よく頑張りました!
世の中的にはそんなのあたりまえのことだし、誰も褒めてはくんないだろうから・・・
このおんちゃんぐらいでもよかったら褒めてあげるね、たいへんよくできました o(>∀<*)//
今後、どのような形で後世に残るか否かは存じませんが・・・

善くも悪くも当時の様子を、容易に想像し得る処には違いないようでございました。

当時 校舎内に残っておられた方々が避難した、新校舎4Fの黒板には・・・

今もなお、当時のご様子が残っております。

新校舎と旧校舎を繋ぐ、こちらの渡り廊下はもちろん・・・

4Fの防火扉に残るこの位置まで、水没したそうでございます。

校舎内に取り残された方々は、どうにか屋上に避難し・・・

その後 海水の引いた教室に戻り教室内を片付け、不安な一夜を過ごしたそうでございます。

近隣では多くの方々がお亡くなりになった中、奇跡的にこの校舎内に於いてお亡くなりになった方が
いらっしゃらなかったのには、携帯電話にて津波の襲来を知り避難する際に、マスターキーを持って
避難された職員さんの機転により 普段 鍵が掛かっている屋上に出れた事と、手前の冷凍工場等に
よって 津波の勢いが吸収された事、更には流されて来た 冷凍工場の校舎正面直撃を免れたこと等
幾重にも重なった不幸中の幸いがあった為だったと、お聴きいたしました。
『 奇跡的に助かった・・・ 』
普段 TVのニュースとかで流れていても、何の気なしに聞き流してしまっていた言葉だったのですが
こんなササくれた目玉のボクでも、改めて 奇跡 の存在を信じてみようと思った お話でございました。
さて、此度はこのように・・・

ヤロメラが、アチコチで作業をしていたため・・・

さすがのナンシーも、『 膝ガ砕ケタ。』 なぞと半ベソをかいておりまして・・・

すべての方々を、撮りきれなかったようでございました。

故に参加してくれました全員の画像こそ無いものの、これにて無事 作業の方は終了いたしました。

作業後 同校OBのアキラくんは、見つかった卒業アルバムを懐かしそうに見ておりました。

* 隣りで着替えているのは今回 初参加してくださった、ヘッタさんです。
最高気温5℃、氷雨が降りしきる中
参加してくれた皆様、本当にお疲れさまでございました!
また 今週末も、宜しくお願い致します。
最後になりますが、お預かりした支援金のご報告です。
NATIVE SPIRIT 様から ¥10000、D-RUSH MC 様から 昨年に引き続き ¥50000
EROSTIKA 様から3月分のポスターの売り上げとして ¥58905をそれぞれ支援金として
此度も、お預かりさせて頂きました。
継続的なご支援、誠にありがとうございます。
至らぬ処ばかりではございますが、今後とも、宜しくお願い申し上げます。
此度も拙いご報告に最後までお付き合い頂きまして、誠にありがとうございます。
相も変わらず駆け足のご報告ではございましたが、これに懲りず
SxTxU 一同、今後とも宜しくお願い申し上げます。
感謝&番外編
此度も 美味しいラーメンを作って下さった村上ラーメンの皆様、いつも本当にありがとうございます。

そしてオサムちゃん、誕生日おめでとう! 立派な大人になるのよぉーっ !!

全く反省の色がないように映るかもしれませんが、海より深く反省している次第でございます。
更には此度もダイジェスト版となります事を、併せてご容赦下さいますよう宜しくお願い申し上げます。
それでは 改めまして、3月30日のご報告です。
此度 ボクたちが作業させて頂いたのは、こちらの元気仙沼向洋高校校舎でございます。

校舎周辺は このように、ずいぶんと整地が進んでいるのですが・・・

敷地内は未だ、このような佇まい・・・

時間は、止まったままでございました。

校舎内に一歩、足を踏み入れますと・・・

中は、震災直後のまま・・・

改めて 津波の凄まじい破壊力を、思いしらされた次第でございます。

校舎内には車両も数台、津波に運ばれて来たまま残っておりまして・・・

中には この近所に住んでおられた、タクヤの御親戚の方の車両も在るそうでございました。

こちらの校舎がなぜ、未だこのような手付かずの状態で残されているのかと申しますと
モニュメントとして このままの形で後世に残すか、現在 検討中とのことでございました。
幸いにも こちらの校舎内で亡くなられた方が居なかったのも、理由のひとつだそうです。
ということで此度の作業は、すべてを撤去するわけではなくガラス片や釘等といった
危険物の除去と、漂流物の中からパレット等を仕分け解体するといった内容でした。

まずは、散乱している漂流物の中から・・・

パレットを集めてきて、解体することにいたしました。

解体後は、分別の為に釘を抜いてまいります。

その頃 別班はと申しますと、アチラコチラと校舎内に散開して作業をしておりましたので
三年という節目でもございますし、当時のままの校舎内を此度は皆様に
作業の様子と併せて、ご覧頂きたいと思っております。
それでは、1F部分からご覧ください。

1F部分は、まともに津波の影響を受けておりますので・・・

柱以外の内壁などは、ほとんど残っておりませんでした。

2F部分に関しましても、かろうじて内壁が多少なりとも残ってはいるものの・・・

さほど1Fと変わらぬほど、すべてが破壊されておりました。

更にはこのように、軽々と車両を2Fへと運び上げる津波の凄まじさを再確認する事に・・・

チナミにこちらで黙々と作業してくれているのは、今回が初参加となる希美サンです。

旧校舎の2Fより上階の部分や・・・

旧校舎の後方に位置していた為、津波の影響が幾分少なかったこちらの新校舎は・・・

このように、内壁が崩壊せず・・・

校舎外への流出の妨げとなったからなのでしょうか・・・

机や教材・・・

書物といったものが多数、残留しておりました。

更には画像右奥に見えますような、大きな流木も運び込まれておりました。

上階に於きましては、階段部分もこのように手すりが残っておりまして・・・

* 此度 初参加の長谷川サンです。
踊場には多くのものが、堆積しておりました。

* 同じく初参加の、ボジーくんです。
此度はどこまで現状のままを保存するのかが、未だ決まっていなかった為・・・

* こちらも同じく初参加の、坂上サンです。
むやみに撤去する事も出来ず、その状態のままガラス片等を見つけて除去する作業は・・・

ガサツなヤロメラには思いの外、大変だったようでございました。

イッキにガサッと片付けたい衝動を抑えて、よく頑張りました!
世の中的にはそんなのあたりまえのことだし、誰も褒めてはくんないだろうから・・・
このおんちゃんぐらいでもよかったら褒めてあげるね、たいへんよくできました o(>∀<*)//
今後、どのような形で後世に残るか否かは存じませんが・・・

善くも悪くも当時の様子を、容易に想像し得る処には違いないようでございました。

当時 校舎内に残っておられた方々が避難した、新校舎4Fの黒板には・・・

今もなお、当時のご様子が残っております。

新校舎と旧校舎を繋ぐ、こちらの渡り廊下はもちろん・・・

4Fの防火扉に残るこの位置まで、水没したそうでございます。

校舎内に取り残された方々は、どうにか屋上に避難し・・・

その後 海水の引いた教室に戻り教室内を片付け、不安な一夜を過ごしたそうでございます。

近隣では多くの方々がお亡くなりになった中、奇跡的にこの校舎内に於いてお亡くなりになった方が
いらっしゃらなかったのには、携帯電話にて津波の襲来を知り避難する際に、マスターキーを持って
避難された職員さんの機転により 普段 鍵が掛かっている屋上に出れた事と、手前の冷凍工場等に
よって 津波の勢いが吸収された事、更には流されて来た 冷凍工場の校舎正面直撃を免れたこと等
幾重にも重なった不幸中の幸いがあった為だったと、お聴きいたしました。
『 奇跡的に助かった・・・ 』
普段 TVのニュースとかで流れていても、何の気なしに聞き流してしまっていた言葉だったのですが
こんなササくれた目玉のボクでも、改めて 奇跡 の存在を信じてみようと思った お話でございました。
さて、此度はこのように・・・

ヤロメラが、アチコチで作業をしていたため・・・

さすがのナンシーも、『 膝ガ砕ケタ。』 なぞと半ベソをかいておりまして・・・

すべての方々を、撮りきれなかったようでございました。

故に参加してくれました全員の画像こそ無いものの、これにて無事 作業の方は終了いたしました。

作業後 同校OBのアキラくんは、見つかった卒業アルバムを懐かしそうに見ておりました。

* 隣りで着替えているのは今回 初参加してくださった、ヘッタさんです。
最高気温5℃、氷雨が降りしきる中
参加してくれた皆様、本当にお疲れさまでございました!
また 今週末も、宜しくお願い致します。
最後になりますが、お預かりした支援金のご報告です。
NATIVE SPIRIT 様から ¥10000、D-RUSH MC 様から 昨年に引き続き ¥50000
EROSTIKA 様から3月分のポスターの売り上げとして ¥58905をそれぞれ支援金として
此度も、お預かりさせて頂きました。
継続的なご支援、誠にありがとうございます。
至らぬ処ばかりではございますが、今後とも、宜しくお願い申し上げます。
此度も拙いご報告に最後までお付き合い頂きまして、誠にありがとうございます。
相も変わらず駆け足のご報告ではございましたが、これに懲りず
SxTxU 一同、今後とも宜しくお願い申し上げます。
感謝&番外編
此度も 美味しいラーメンを作って下さった村上ラーメンの皆様、いつも本当にありがとうございます。

そしてオサムちゃん、誕生日おめでとう! 立派な大人になるのよぉーっ !!

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